なんとつまらん、言葉のパズルか


昨今、「障害者」という言葉の「害」という文字が、「まるで周囲に損害を与えているかのようなイメージがある」という事で、「障がい者」とか「障碍者」とか表記されているのを、度々目にしますが…

なんだかギクシャクしててスッキリしないので、いっその事「身体不自由者」と表記してみたらいかがでしょう??
「不自由」という表現なら、単に「自分の意思通りに動かない(動けない)」という意味ですから、「害を与える」という能動的なイメージは無くなります。

もっとも、「能動的ではなくなる」と説明すると、それはそれで「脚が動かない人は何も出来ないのか!?耳が聴こえない人は何もしてはいけないのか!?」と、ヒステリックに喰いついてくる人がいるとは思いますが・・・

まぁ、それは言葉のパズルに過ぎませんよ(-_-;)

あくまでも、「第三者の私から見て、身体のどこかしらが御自分の意志で動かせない状態みたいですね」という、見かけ上の定義づけに過ぎないわけですから、「何もせずに大人しくジッとしてろ」という意味ではありません。

本人が出来る範囲で、好きな事すりゃいいわけです、普通に。

そんな感じでいかがでしょうか??
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4 件のコメント :

  1. なるほど、障害者って表現するより、不自由者って表現したほうがやわらかい感じを受けます。
    でもまあ、表現は何であれ、そういう人たちが「本人が出来る範囲で、好きな事できる」世の中になればいいですよね。

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  2. >1 桃乃花悠さん
    そうそう、5月の連休中に面白い(?)光景を見たんですよ・・・
    ディズニーランドに向かう電車なので、当然、満員状態だったわけですが、僕のすぐ隣に両耳に補聴器を掛けた十代の女の子が二人、立ってたんですよ。
    僕は当然、「互いに手話でコミュニケーションするんだろうなぁ」と思っていたわけですが・・・
    なんと二人共、ポケットから携帯電話を取り出すと、「神速」とでも呼ぶべき信じられないスピードでメールを打ち合って「会話」してるんですよ!!
    で、その光景が面白くて、しばらく観察してたんですけど・・・
    所々では手話も挟んでいたんですけど、どうやら「Yes」「No」とか、「1人」「2回」「3個」みたいな単純なワンアクションしか入れてないんですよ。
    なるほど、考えてみれば「耳が聴こえない人は手話か筆談でコミュニケーションするしかない」なんてのは、それこそ「昭和時代までの常識」ですよね。
    「俺の方が、よっぽど頭悪いじゃん」とか思いましたよ、正直(-_-;)
    きっと、健常者と身体不自由者の間の境界線なんて最初から存在しなくて、「見え方」と「思い込み」があるだけなんでしょうね♪

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  3. こんにちは(^-^)
    『在宅障害者のひらきこもり生活』の下ちゃんです。
    コメント、ありがとうございました。
    言葉のパズル、私も感じます。
    私が高校の時、面白いことがありました。
    体育の授業で、先生から「おい、そこのびっこ」と呼ばれたのです。
    今時、そんなことを言う方は少なくなったので、最初ちょっと驚きました。
    でも、その先生は私を特別扱いすることもなく、とても人間味ある先生でした。
    逆に、丁寧な言い回しばかりに気を取られている方と接すると、何か言葉に気を使うことが免罪符のようになっているのかなと、感じることもあります。
    もっとも、ちょっとした言葉一つに噛み付く障害者団体もありますが・・・。
    本当は表面的な言葉の議論よりも、もっと一緒に考えることは色々とあるのにね。
    追伸:
    アフィリエイト、怪しい情報に惑わされず、生計を立てるまでに時間はかかりそうです。
    でも、可能性としては、とても興味深い世界です。
    今後とも、よろしくお願いします。

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  4. >3 下ちゃん
    Ya---(`∀´メ)ha---!!
    下ちゃん、お待ちしてました!!
    ご多聞に漏れず、貴方も今まで不便、不自由な生活や人生を余儀なくされていたと思います。
    けれども、僕が貴方に興味と関心を抱いたのは・・・
    そう、貴方はちゃんと前を見て歩いているという事です。
    貴方のブログを隅から隅まで読んでも、世間に対する愚痴や恨み事が一切ありません。
    「筆談ホステス」の斉藤 里恵さんの話は、このブログでも何度か取り上げましたが、身体の不自由な人達の立志伝を読む度に考えさせられるのが・・・
    「この人達、俺より頭いいんじゃね??」という事です。
    何か不便や不都合があった時に対策を講じるのは、人間として当たり前ですが、身体の不自由な人達の場合は、それが「常」になっているので、おそらく僕らよりも脳の「使い込み方」が違うのでしょう。
    理論物理学者のスティーブン・ホーキング氏などは、その最たる例でしょうか。
    これからも、何かとお世話になると思いますので、よろしく御願い致します♪

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