ニートという生き方

《Copyright》Brian "DoctaBu" Moore

記憶している人も多いと思うが、テレビ番組が自称ニート男性を取材した時の有名な台詞に、「働いたら負けかなと思ってる」というのがあった。
私がこの台詞を知ったのは、ごく最近の事なのだが、これを聞いた時、実に素直に「おぉ、なるほど」と思ってしまった。

半分正解だからだ。

半分正解とは、どういう意味か?
完全な正解を言うならば、「資本主義の奴隷になったら負け」という事だ。

もちろん、この男性自身は単純に「労働したら負け」という意味で言ったのかもしれないし、この男性が遂には路傍で餓死したとしても、誰も同情はしないだろう。

しかし、私はある一点の要素に於いて、「大半のニートは他の誰よりも世の中が視えている」と思っている。
それはどういう事かというと、全く以って単純極まりない答えだが、「一日中、世の中を観察していられるから」だ。

もちろん、世の中を観察するとは言っても、「インターネットを通して」という前提条件が付くのかもしれないが、それにしたって、仮に一日十時間もパソコンの前に座っていれば、得られる情報量は同じ時間労働しているサラーリーマン以上、いや、ひょっとしたら現役の学生以上かもしれない。

あくまでも、「インターネットで得た知識が全て正しかったとして」という条件付きではあるが、このニート生活を例えば一年間続けた時、「ある現象」が起こる可能性がある。

そう、いわゆる「
閾値」を越えて、IQが跳ね上がるかもしれないのだ。

繰り返しになるが、前出の男性は単純に「労働したら負け」という意味で言ったのかもしれないし、その場合は残念ながらIQの向上は望めないとは思うが、もしも自称ニート達の中に「支配者達の思惑」に気付いた者が居て、自ら積極的に社会と距離を置き、自分が本当に活躍できる「理想世界」の設計図をコツコツと引き続けているならば・・・

「ニートが日本を変える日」が来ます、冗談抜きで。

もちろん、私がニート(という生活)を肯定するのは、あくまでも「一定期間、世の中を観察して客観的な視点を養う為」という事であり、さすがに10年も引き籠もっている人とはお友達になりたくないです。

しかし、昨今の「専門家達の迷走」を見ていると、むしろ世間の目を気にせずに自由に行動・発言できるニート達の方が、最終的に「化ける可能性」が高いと思うのは私だけだろうか?

「煮詰まった専門家達」を笑い飛ばすようにして、目の覚める活躍をしてくれる「元ニート」が現れる日を待ち望む次第です。


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4 件のコメント :

  1. そうです・・・そうなんです。
    その考え方が本当に彼らに使命感を与える言葉なんです。
    とかく、お偉いさんがニートに対してでコメントしているのは経済の論理です。経済の論理で一方的に人間を分析するのは本当にやめてほしい。
    とても感心しました。ありがとうございます。

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  2. >1 東さん
    やぁ、いらっしゃい(^_^メ)
    苫米地氏も著書の中で言及していますが、既存の経済学はとっくに破綻しています。
    御存知の通り、経済学というものは「人々の合理的な消費行動」を前提として成り立っていますが、その合理性にしたって、実は「民衆が支配者の思惑通りにお金を使ってくれる事」を指しているワケです。
    ��一説では、その支配者の総元締めはロスチャイルド家だと言われています)
    ですから、テレビでコメントしている経済評論家達だって、実は「支配者」の掌の上で踊らされているだけの存在であり、彼等もまた主体性を奪われた「かわいそうな人達」なのです。
    このブログを開設して以来の、僕の根幹的な主張は、「民衆同士、騙されてきた者同士でいがみ合っていても仕方がない。一人一人が知恵をつけて、支配者に対抗しようじゃないか」というものです。
    これを機会に、東さんも「自分の本当の夢」に向かって走り出して下さいΣd(^_^メ)

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  3. もちろん、夢に向かってすでに歩みだしていますよ。
    ��(^o^)/
    今後もコメントさせていただきます。
    よろしくお願いします。

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  4. >3 東さん
    共に夢を叶えましょうΣd(^_^メ)

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