抽象度のなんたるか


さて、苫米地本の読者にはお馴染みの「抽象度」という言葉、極く簡単に言えば、「虎もライオンも同じネコ科の動物である」という「括り方」の概念であるワケですが、僕は本当の意味では、抽象度というものを未だ理解していなかったと痛感させられた出来事がありました。

過去の記事にも何度か書きましたが、ウチの息子は物心ついた時からの生物好きです。
なにしろ、五歳の時には「大人になったら恐竜考古学者になる!!」と宣言したぐらいです。
まぁ、それはそれでビッグなゴールであり、大変喜ばしい事ではあるのですが、先日、息子がゲームで遊びながらブツブツと呟いている姿を見て、最初は妙な違和感、そして次には背筋が寒くなる程の圧倒的な「脳の活動感」を感じました。

その時、息子が遊んでいたのは、先日発売されたPSP用のゲーム「
モンスターハンターポータブル3rd」だったのですが、なんと息子は、そのゲームに登場する様々なモンスターの生息地域や生態、そして弱点などをブツブツと復唱しながらプレイしていたワケです。

この事が、何を意味するかお解かりになるでしょうか??

つまり、息子にとっては、牛や蛙や金魚といった現存する生物はもちろんの事、恐竜や猿人などの絶滅種、果てはゲームに登場する架空のモンスターまでも含めて、「全て同じ生き物である」という扱い方なのです。

「臨場感は物理空間のみならず、情報空間にまで波及する」
「人間は、文字情報の集合体である小説を読んで涙する生物である」
この認知科学の基本中の基本を、僕はすっかり失念していたのです。

認知科学を勉強している筈の僕が、抽象度という言葉を物理空間内の枠組みとして捉えていたのに対して、抽象度どころか、臨場感という言葉すら知らない筈の息子が、ゲームという情報空間内の存在であるモンスターに対して、物理空間に住む現存生物と全く同じリアリティーを感じているとは・・・

この話の教訓は、「知識量の増加に伴って盲点は減少するが、知識量の増加が即時、臨場感の増大を伴うとは限らない」という事ですね。

臨場感を伴った「本物の抽象思考」というものを、息子から教わりました。


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