【書評】一生幸福になる超訳般若心経


以下、アマゾンに投稿したレビューです。

5つ星のうち 5.0 「私」とは何なのか、もう一度考える本, 2011/4/2

By 安井 真守 (群馬県高崎市) - レビューをすべて見る
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先ず、本書の出版に対しては、日本の仏教界からの轟々たる非難が予測されます。
「一人の人間が経典を都合の良いように書き換えるなど、言語道断」
確かに、その非難自体は「専門家」としての僧侶の「仕事」であるとも言えますので、それに対して我々一般の読者が云々言っても、大して意義は無いでしょう。

それよりも、一般の読者としての我々が本書を最後までパラパラと読んだ時、まず最初に気付かされるのが、「私たちは仏教を(釈迦の言葉を)虚無主義(ニヒリズム)だと思ってはいなかっただろうか?」という事です。
その最たる部分が、オリジナルの般若心経の中で最も有名な文言である「色即是空 空即是色」でしょう。
これを我々素人がそのまま読解すると、容易に「色気(功名心)とは空しいものである」と解釈してしまいます。

もちろん、その解釈自体は決して間違ってはいないのですが、そのノリのまま最後まで読み進めていくと、結局は「あれも空しい、これも空しい」という事になり、本書184ページでも釘を刺しているように、「生きていても死んでいても同じ」という虚無主義に陥ってしまいます。

ここに、本書を執筆するに至った著者の真意(というか心意気)を感じる事ができます。
「そもそも、オリジナルの般若心経が誤解を生み易い文言なのがイカン。だから、仏教が虚無主義だと思われるのだ。この際、もっとストレートに幸福が実感できるように、ダイナミックに添削してしまえ」という事です。

先に述べたように、経典を添削するという行為自体の是非は、プロの僧侶や宗教学者に任せるとしましょう。
もしろ、我々一般の読者が本書を読んで最初にすべき事は、17ページに述べられているように「自分が在るところを自由自在に観る」という事、すなわち、喜怒哀楽の感情を一度脇に置いて、「私」という存在をもう一度真摯に見つめ直す事ではないでしょうか。
「そもそも、私は何で今の仕事を選んだのだろう?」「なぜ、俺は毎日、煙草を吸っているんだろう?」「私は一生、この家に、この街に住むつもりなのだろうか?」

そうやって突き詰めて考えていくと・・・
実は本書が、著者の本業である「脱洗脳」の一環であるという事に気付くはずです。
すなわち、私達が普段、疑わずに抱いている「これが私という存在である」という認識も、部分的であるにせよ、実は第三者によって刷り込まれた価値観である可能性が高いという訳です。

「どうせ・・・」と投げ出す前に、「私」とは何なのか、もう一度考えてみようではありませんか。
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