ゴール設定とコミュニケーション能力

コミュニケーション能力

さて、この場合の「コミュニケーション能力」とは、

「相手の質問に対して、本質から外れない範囲で簡潔に説明できる能力である」

と、やや限定的に定義した上で話を進めたいと思う。

最近、周囲の人間関係で気づいた事がある。それは、明確な夢や目標(ゴール)を持たない人は、全般的に「説明するという行為」が下手であるという事だ。
それに対して「説明が分かり易くて上手な人」は、ほぼ例外なく明確な夢や目標を持っている。

当然と言えば、当然の事なのだと思う。

なにしろ、人が何か強烈な夢や目標を抱けば、他人に対してそれを語ったり、説明したりしたくて仕方がない筈なのだ。
つまり、「説明上手な人」は、普段から説明するという行為に「慣れている」と言う事ができる。

20世紀末、スピリチュアリズムや「○○セラピー」等の影響なのだと思われるが、「不器用な事は美徳である」という、妙な価値観が流行した事がある。

「あなたは、そのままでいいんです」という、あの決まり文句だ。

しかし、その妙な価値観を、本人の自己イメージを超えて日常の社会生活のレベルにまで持ち込まれては、周囲の人間は堪ったものではない。
仕事で失敗ばかりして、職場の同僚だけならともかく、顧客にまで迷惑を掛けている状態が「そのままでいい」訳がないのだ。

経験上、仕事の失敗の大半は知識量よりもむしろ、先に挙げた「説明能力の不足」が原因であると、私は確信している。
例えば、非常にやりづらそうな表情で仕事をしている後輩に対して、私が「何か問題があるのか??」と質問したとする。
しかし、後輩は「やりづらそうな表情」のままで「あっ、いや、別に大丈夫です…」 と答えるのだ。
「本当に大丈夫なのかなぁ??」と訝しんだまま、取り敢えずはその場を離れるのだが、暫く経ってから戻ってみると、案の定「やらかしている」という訳だ。

しかし、もしも、この後輩が一時間当たりの作業量であるとか、あるいは一日の売上げといった「小さなゴール」はもちろんの事、十年後の理想の生活といった「中くらいのゴール」、果ては一生を懸けても達成できるかどうか分からない「遠大なゴール」まで心に描いている人物だったらどうだろうか??

当然、目の前に立ちはだかる不都合や不具合を、そのまま漫然と放置しておく筈がないのだ。

先の例で言うならば、私が「何か問題があるのか??」 と問うた時、最低でも「今日は朝から機械の調子が悪いんですよ。多分、何処かから圧力が漏れていると思うんです」ぐらいの事は言うだろう。

さて、貴方は自分の意見や説明に対して周囲が耳を傾けてくれなかったり、あるいは聞いてはくれたとしても納得まではしてくれなくて、他者とのコミュニケーションそのものに疲れてしまったり、遂には諦めたりしてはいないだろうか??

その場合、確かに相手側の無知に由来する不理解もあるが、 それと同じくらい、貴方自身が「説明する習慣」を持っていない事も原因として挙げられる。

「夢や目標(ゴール)を持てば、説明する事が楽しくなる、得意になる」という事を覚えておいて欲しい。


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