【書評】まずは、「信じる」ことをやめなさい


以下、Amazonに投稿したレビューです。

5つ星のうち 5.0 信教は「趣味」である2013/5/23
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私が二十余年もの間、周囲の人々に訴え続け、しかし終ぞ聞き入れてもらえなかった事を、本書で著者が代弁してくれた事に深い深い敬意と感謝を表したい。
それは、「宗教はサービス業であり、信教は趣味である」という観点、あるいは結論である。

「たとえば、医者やカウンセラーなどは、痛みをとったり、悩みを解決するヒントや救いを与える合法的なビジネスです」
「宗教は、大昔からお金をとって救いを与える合法的なビジネスなのです」(115ページ)

「もはや神が存在しないということが証明されているため、人間が持つ信仰心は尊重すべきだとしても、すでに信仰そのものは個人の趣味として位置づけられなくてはならないからです」(116ページ)

私は、いわゆる「エホバの証人の子供たち」であり、私の母は本書の中で述べられているような、典型的な「救いを求めて宗教にすがりついた人」である。
私が物ごころついた頃から、まさに本書で述べられている通り、「おまえの為なんだよ」という大義の元に聖書を朗読したり、宣教活動の為に母の後ろに付いて家々を訪問して歩いた記憶が、今でも鮮明に思い出される。

その結果、私はともかくとして、母自身が「救われた」のかと言えば、もちろん、そんな事は無かった。
いつの頃からか、「お父さんが悪魔崇拝の組織に連れて行かれちゃう」などと言い出すようになり、ついには統合失調症(当時は分裂病と呼称)を患ってしまい、精神科への通院を余儀なくされたのだ。

本書に補完すべき部分があるとすれば、それは「サイン」(顕れ、兆し)についての説明である。
75ページから「サイン」についての解説がされているが、宗教の世界観、あるいは臨場感にどっぷりと浸かっている者が感じるのは、なにも「神からのサイン」だけではない。
大抵の場合、一神教の経典には「絶対神と、その使徒」に対を成すように、「敵対者、反逆者」が同等のリアリティーを以って描かれている。
「敵対者」「反逆者」とは、キリスト教(系)であれば「悪魔サタンと、その使い」の事である。

つまり、信者にとっては、心地よい風が吹けばそれはもちろん「神からのサイン」であるが、背後から物音が聞こえれば、今度は「悪魔からのサイン」なのである。
宗教に「救い」を求めてすがりついた者が、そういった「二重の幻」に囚われている事を、一般の人々では理解するどころか、気付く事さえ難しいだろうと思う。

宗教や信仰といったものを「趣味」として再定義し、その「健全運営」を促す為にも、現在、何らかの信仰を持っている人、あるいは一度でも宗教の誘いに心を動かされた人々に、是非とも本書を一読してもらいたい。
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