なぜ、占い師はいなくならないか?

占い師

私は今ではテレビを全く観ていないが、聞けば最近、夏の風物詩(?)である心霊写真特集をはじめとした、オカルト番組や超常現象の類を扱った番組が、めっきり減っているのだという。
http://matome.naver.jp/odai/2136594314548861101

それもその筈で、今や心霊写真などは画像編集ソフトを使えば「誰でも作れる」時代になったし、他人の霊が身体に乗り移って喚き散らすといった、いわゆる「憑きもの」の類も、「解離性同一性障害」という精神疾患として説明が成されている。

もちろん、テレパシーなど使わなくとも 、スマートフォンがあれば地球の反対側の国まで要件を伝える事が出来るし、それこそ、遥か昔には「錬金術」の類に分類されていた筈の「生命や器官の創造」も、クローン技術やiPS細胞の登場によって堂々と「医科学」の冠を被るまでに至っている。

さすが、21世紀。
研究者よ、技術者よ、天晴れである。

と、言いたいところなのだが…
それと同時に、やはり最近になって気付いた事がある。

それは、そういったオカルト番組の減少は、あくまでもテレビの中の話であり、舞台をインターネットに移せば、自称霊能者や占い師、そして最近では「スピリチュアル・カウンセラー」といったカタカナの洒落た(?)肩書きに至るまで、人々の「相談相手」としてのスピリチュアリストは姿を消していないのである。

さもありなん。

街を歩く女子高校生が恋の悩みを物理学者に相談するとは思えないし、負債を抱えて青息吐息の経営者が、心理療法士に資金繰りの相談をしたりはしないだろう。

上に挙げた二つは、人の会話やアプローチというものが、必ずしも科学的な根拠や論理的な整合性の上だけに成り立っているわけではないという事を示す最も顕著な例であるが、私達は「何を話すか」という基準だけで情報を交換しているわけではなく、大抵の場合、「誰に話すか」という基準とセットで情報を交換しているという事を、もう一度念頭に置く必要がある。

例えば、学校や職場の誰かが自殺すると、必ずと言っていいほど「何で相談してくれなかったんだ」という声が聞かれる。

しかし、その答えは明白ではないか。

「その悩みに対する明確な答えを持っていそうな人が居なかった」(情報の信頼性)
「安心して悩みを打ち明けられる人が居なかった」(情動への配慮)

もちろん、自殺してしまったケースに於いては、その人は科学の側の人間にも、そしてスピリチュアリズムの側の人間にも相談しなかったケースではあるが、そこまで逼迫しないケースであれば、人々は依然として(そして、お金を払ってまで)占い師や霊能者に相談する「心のもどかしさ」を抱いているのだ。
そして、「占い師が居なくならない理由」とは、それらの職業が「相手の情動を満足、安心させるスペシャリスト」だからだ。

ちょっと変な言い方になるし、大いに誤解されてしまう可能性はあるが、これからは研究者や技術者といった科学の側に立つ人も、ある意味では占い師を見習って、「人の心を満足、安心させる話し方や説明の仕方」を身に付けるべき段階になっているのではないだろうか。

今や、冗談でも例え話でもなく、「技術立国 日本、自殺大国 日本」になりつつあるのだから。


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