【連載】うつ病予防マニュアル 第九回

 それでも、この場合であれば、まだ「害」と言えるほどの強い影響は無い。
 なにしろ、父親にしてみてれば「家族の為」という大義名分があるわけだから、財布が痛む事はあっても心まで痛むわけではない。むしろ、父親としての自負心は守られるとも言える。
 あるいは、母親の方が「お父さんは忙しいんだからワガママ言っちゃいけません」と弁護してくれる場合もあるだろう。
 ところが、独身者の一人暮らしの場合は、事情が大きく異なる。
 他者の為という大義名分も働きにくく、ましてや弁護してくれる者も居ない状況下で、一人座って無警戒、無批判にテレビを視聴し続けるという行為は、防具も装着せずに竹刀で打たれ続けるようなものであり、テレビ局、広告代理店、そしてスポンサーにとって絶好のカモなのだ。


 土曜日の午後九時である。仲の良い友人に飲みに行こうと誘ったが、友人は「悪いけど先約があるから」と言って断った。きっと、最近知り合ったばかりの女の子を誘い出す事に成功したのだろう。
 静かな部屋の中にチッチッチッ…という時計の音だけが響き渡り、まるでその音が針と化して心臓をチクチクチク…と突くような錯覚さえ感じる。
 その静寂を打ち消すようにテレビの電源を入れると、最近始まったばかりの、イケメン俳優を主人公に起用したドラマを放送している。
 低い唸り声を上げるスポーツカーが、主人公とヒロインを乗せて海沿いの国道を軽やかに走っている。
 やがて、開けた浜辺に二人は降り立つと、手をつないで歩き始める。
 言葉が途切れたところで二人は立ち止まり、まるで、寄せては返す波の音に囃し立てられるかのように抱きしめ合い、熱いキスを交わす…

 と、そこでCMの時間である!!

 画面が急に明るくなったかと思うと、どこかで見た気がするスポーツカーが、撮影用に借り切った外国の広い道路をどこかで聞いた気がする低いエンジン音を響かせながら、流れるように駆け抜けていくのである。
 そして次の日、貴方はそのスポーツカーを製造しているメーカーのインターネット上のHPを開いて詳細な性能と価格を確認するか、あるいはディーラーまで出かけて行き、その車の現物をマジマジと眺めながら何回払いのローンを組むかを考え始めるのである。


 さて、この時点で貴方がテレビCMの洗脳手法に気付いたのであれば、既に脳科学を勉強している事の証拠である。しかし、全く気付かなかったのであれば(そして独身の一人暮らしであれば)、残念ながら貴方は、それが車のような高価な物ではなくとも、衣服、装飾品、家電製品ぐらいの手頃な価格の物あれば「仕掛けられた」という事実を認識する事なく、財布の紐を緩めてしまうだろう。

 詳しく解説しよう。先程の「例え話の中での貴方」は、今頃は女の子と楽しく食事をしている友人に嫉妬していたわけである。嫉妬を感じたという事は、ちゃんと感情として「意識に上がっていた」事を意味する。
 そして今度は、テレビドラマの主人公にも嫉妬を感じたわけだが、これも当然、先程と同じように「意識に上がっている」わけである。
 ところが、その主人公が乗っていた車のメーカーや細かなデザイン、そしてエンジンの排気音まで、貴方はちゃんと覚えていただろうか??

【連載記事】うつ病予防マニュアル 第九回
1011
【広告】

6 件のコメント :

  1. ヒキミトウ2015年2月14日 11:55

    細かい事ですが、脱字だと思われるところを見つけました。
    「テレビ局、広告代理店、そしてスポンサーとって、絶好のカモなのだ。」
    というところは、「スポンサーにとって」ではないでしょうか。

    返信削除
  2. >1 ヒキミトウさん
    おー、おひさしぶりです\(^д^メ)/
    ご指摘、ありがとうございます!!
    すぐに訂正します!!

    返信削除
  3. ひょっとして、時代劇が少なくなったのは、スポンサーがこの仕掛けの技術に絶対的自信を持ったからかもと想像してしまいました。

    返信削除
  4. >3 パルさん
    事実ですよ(´∀`メ)
    それが証拠に、この20年来、ドラマで「車で移動するシーン」と「食事をするシーン」が映らない事はありません。

    返信削除
  5. こんにちは。
    自分は、うつ病は極限までコンフォートゾーンが狭まった状態、だと思っています。
    もう何もかもできる気がしなくて、生きてることそのものが苦痛でしたよ、自分も。
    その頃を今振り返ると、まさにCMなんですね。
    自分で作ったネガティブなCM、他人が作ったネガティブなCMを
    自分でひたすらリピートしてしまう。わかっても止めることができない。
    他人にもわかってもらえない、まさに生き地獄です。
    死んでしまいたいけど、親の顔がチラチラ浮かんで、親より先には死ねない、
    という気持ちだけが自分を支えていました。
    だけどやっぱり限界があって、もういいや、親には悪いけど、もう仕方がない、
    楽になりたいって思えてきてしまうんですね。
    RASが死に向かってオープンになってしまうんです。
    僕は死ぬ方法を生み出す前になんとか踏みとどまれましたが。

    返信削除
  6. >5 ミッキーさん
    >自分で作ったネガティブなCM、他人が作ったネガティブなCMを
    >自分でひたすらリピートしてしまう。わかっても止めることができない。
    いやはや、ホントにおっしゃる通りです。
    あれは、ホントに不思議な現象ですよね。
    今では笑い話ですが、当時はこの苦しさを妻にさえ解ってもらえずに、「自分は人間ではないのではないか?」「人間の形をしているだけの、別の何かではないのか?」と思ったりもしました。
    「病気になってまで頑張り続ける事の異常」と、そして、それを平然と求められる今の社会の「二重の異常」を、もっと強く訴えていかねばと思います。

    返信削除