【連載】うつ病予防マニュアル 第十回

 いや、覚えてはいないだろう、つまり「意識には上がっていない」のだ。何故ならば、貴方の意識は「友人とドラマの主人公」に向けられているのであり、元から車が好きでメーカーや車種についての知識をある程度持っている場合でない限り、スポーツカーは「国道」や「海」等の背景と一緒に、「その他の雑多な記憶」として一時的にボンヤリと格納されているだけなのである。
 ところが、それまでは意識に上がっていなかった筈の「スポーツカー」が、次の瞬間にはCMとしてもう一度、貴方の目に「二重」に焼き付けられるわけである。
 一枚の紙に鉛筆で文字を一つ書き、もう一度、上から同じ字をなぞった場合を想像して欲しい。たとえ消しゴムで擦って消そうとしても、鉛筆の黒炭は消えるものの、紙に圧し付けられた「凹み」が消える事は無い。
 紙を意識に置き換えた場合、黒炭が「意識上に残っていた記憶」であり、筆圧の凹みが「無意識下に焼き付けられた記憶」という事になる。

 それが「プロダクト・プレイスメント」(Product Placement)と呼ばれる、テレビの洗脳手法の一つなのだ!!

 テレビCMでなくとも、寂しさを感じている人の心の隙間に侵入する商売の手法は、昔から幾らでも存在するし、下手をすると顧客自らが、まるで「私から全てを奪い取って下さい」と言わんばかりにお金を差し出すケースも珍しくない。場合によっては「商売」が「宗教」に置き換えられる事もあるだろう。

 次に挙げる話は例え話などではなく、私自身が昔、新聞販売店に勤務していた頃に経験し、「あぁ、やはりそうなんだなぁ・・・」と実感した事である。

 実に多くの一人暮らしの老人が、新聞の営業を断らないばかりか、時にはお茶まで出してこちらの話を聞いてくれたものである。そして、既に購読している他紙の契約書をゴソゴソと引っ張り出して、「えーと、○○新聞さんの契約が6月までだから、7月からは××新聞さんを取ってあげるね」と、いとも簡単にハンコを押してくれるのだ。酷い時には○○新聞と××新聞を二誌同時に購読している老人まで居たほどだ。
 無論、その老人が二つの新聞を読み比べて、文章の読解能力を高めようとしていたわけでも、多角的に社会情勢を捉えようとしていたわけでもないだろう。

 そう、単純に話し相手が欲しかっただけなのだ。

 なにしろ、毎日の夕刊の配達時に顔を合わせて挨拶するわけだし、月末の集金日には、逆にこちらをガッシリと捕まえて、昔の苦労話をジックリと語って聴かせる事ができるわけだ。
 これも実話だが、太平洋戦争時に徴兵され、銃弾が飛び交う中を辛くも生き延びたという記憶を、「悲惨な体験」どころか、むしろ「輝かしい経験」であるかのように嬉々として語る老人も居た。
 毎月、僅か数千円の出費で「逃げない話し相手」を確保できるのであれば安い買い物だし、それこそ新聞自体の内容など、どうでもいいという事なのかもしれない。

 しかし、それが社会的に健全な状態と言えるだろうか??
 そして、貴方もそんな老後を過ごしたいと思うだろうか??
 当然、答えは両方とも「ノー」の筈だ。

 何故、日本の新聞社が「戸別配達」と「対面による集金」という、一見すると効率の悪い方法に永年の間こだわり続けてきたのか、これでお解り頂けたと思う。

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