エホバの証人を辞めたいと思っている人へ①


既に亡くなったが、私の母親はエホバの証人であり、私はいわゆる「エホバの証人二世」(JW2)として苛烈なる思想教育を受けて育った経歴がある。
その事を折に触れてSNSなどで表明してきたが、この期に及んで「本当はエホバの証人を辞めたいんだけど、なかなかヤメられない」と言っている人が多く見受けられるので、この際であるから「宗教からの正しい身の引き方」を説いておこうと思う。

ただし、最初に強くお断りしておきたい事が二つある。

一つ目は、「正しい身の引き方」とは言っても、それはあくまでも「科学的、合法的な手段」という意味であり、「一世」である両親はもちろんの事、同じ会衆(注1)に所属する他の兄弟姉妹(注2)からも一切非難されないで穏便にヤメる方法などというものは無いので、どうか強い覚悟を以ってこの先を読み進めてもらいたい。

そして二つ目は、エホバの証人の組織から足を洗う際には、認知科学の原理原則に従って「ある設定」をしてから辞めるようにして頂きたい、という事である。

詳しく後述するが、その「ある設定」をしてから組織を離れないと、せっかく自由を手に入れたはずなのに、気が付いてみれば単なる他宗教への宗旨変えや、自己啓発ビジネス、ネットワークビジネスの走狗に成り果ててしまう可能性があるのだ。

「そんなバカな…」と思うだろうか??

開祖である麻原 彰晃が逮捕され、宗教法人としてのオウム真理教が解散した後も、教団幹部であった上祐 史浩を中心として設立された新団体「アーレフ」にどれだけ多くの信者が流れ込み、そして今も留まり続けているのかを思い出してもらいたい。

それらの人全てに共通して言える事は、自分自身の判断と責任によって行動する事ができず、権威ある誰か、カリスマある誰かの指示を仰ぐ事でしか生きている心地を感じる事ができないという点である。

それを「洗脳」と呼ぼうが「依存」と呼ぼうが、とにかく貴方自身も、それらの人達と同じように長い年月を「年長者」や「権威者」の指導や承認を得る事に費やしてきた筈である。
一時的には離れる事に成功したと思えても、骨身に沁みたその習慣が、罪悪感やフラッシュバックとなって強烈に「引き戻し」を図るだろう。

だから、先述したように認知科学の原理原則を踏まえた上での「正しい身の引き方」を知る必要があるというわけだ。

注1…エホバの証人の集まりを地域ごとに括る単位の一つ。最小の単位が「群れ」と呼ばれるもので、通常は20人前後の集まりを指す。「会衆」はその次に大きい単位で、最大で100人程度の集まりを指す。

注2…エホバの証人の組織では、自分以外の男性信者を「○○兄弟」、女性信者を「○○姉妹」と呼ぶ。ただし、未だ洗礼(バプテスマ)を受けていない研究生に関しては、世間一般と同様に「○○さん」と呼ぶ。

それではまず、一つのケーススタディーとして、私の母親がエホバの証人組織の成員になった経緯と、私がどのようにして母親の支配を逃れたのかを記しておきたい。

「キレイな絵本」がもたらしたもの

私の母は貧しい「村」の出身で、ひょっとしたら高校どころか中学校さえ、まともに卒業していないかもしれない。
今の時代だったら大いに問題になるだろうが、「戦後のドサクサ」がまだまだ色濃く残っていた当時の田舎では、母だけでなく、家計や家事を担う為に学業を放棄する女性は珍しくなかったのかもしれない。

そして、詳しい経緯は最期まで聞いた事はなかったが、東京で老舗の模型店の従業員(後にオーナーから事業を引き継ぐ)をしていた父と知り合い20代後半で結婚し、私と弟が生まれた。
世間に誇れる技能や教養こそ無くとも、私と弟にとって、この時点での母は間違いなく「普通のお母さん」だったと思う。

私が小学三年生になった頃から、母が家事の合間を縫って何やら本を読んでいる姿を見る事が多くなった。父の本棚に並んでいる文庫本の類いとは違い、緑やら黄色やらオレンジやらといったカラフルな表紙の本ばかりだった。

それから時を置かずして、二世ならば必ずと言ってよいほど最初に読まされる「わたしの聖書物語の本」を手渡される事となる。
現在のアーティスト達の技術水準と比較しても遜色のない、美しいイラストが数多く挟まれた絵本だ。

当時の私は、その本を「まんが日本昔ばなし」の外国バージョンぐらいに捉えて、あくまでも「架空のお話」として楽しく読んでいた記憶がある。
もちろん、「イエス・キリスト」という人名だけは既に知っていたが、「桃太郎」や「浦島太郎」と同じく架空の人物だと思っていたぐらいだ。

しかし、母の研究を担当していた姉妹から「その本に書かれているのは実際にあった出来事ばかりなのよ」と教えられ、無邪気にも「へぇ、これは歴史の本なのか!」と感心し、小学生当時の知識量と知能では仕方なかったとはいえ、「実にマズい誤認による印象」をエホバの証人に対して抱いてしまう事となった。

そう、私はエホバの証人の集まりを「歴史の勉強会」だと思ってしまったわけだ。

もちろん、その無邪気な誤認は母親に連れられて初めて集会に出席した時に、大いなる動揺を伴って打ち砕かれる事となる。
なにしろ、その歴史の勉強会は「歌」と「お祈り」で始まったからだ。

【短期連載】エホバの証人を辞めたいと思っている人へ 1・
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