エホバの証人を辞めたいと思っている人へ②


歌と祈りで始まった「奇妙な歴史の勉強会」に大いに驚いた当時の私であったが、何回か通う頃には、さすがにそれが「神様を拝む会」であるという事は理解できた。
そして、意外にも最初の一、二年は特に反抗する事も無く、母に連れられるままに群れや会衆での研究に参加していた記憶がある。

これは「時代背景」と言うより他はない。

当時は現在のようなインターネット回線やスマートフォンが無かったので、学校が終わって帰宅してからも友達と連絡を取り合うなどという習慣は無かったし、社会現象となった「ファミコン」でさえ、登場するのは数年先の話。

もちろん、学校の友達と屋外で遊ぶことはあったが、それにしたって毎日ではないし、ハッキリ言って当時の私はとても「ヒマだった」のだ。
なので、エホバの証人の集まりに参加する事は、ある意味で「ちょうどよい暇つぶし」だったと言えるし、年齢が近い他の二世たちも似たような状況だったと思う。

ちなみに、「ヒマだった」という文言を強調したのには、認知科学上、重要な意味があるので覚えておいてもらいたい。

悪魔サタンの正体

さて、エホバの証人の集まりに通うようになってから二年ほどが過ぎた頃、遂に母がバプテスマを受ける運びとなった。
もちろん、私にとっては「どうでもいい事」なので特に感慨は無かったが、この儀式は母の「」にとって、文字通りに人格を豹変させるに足る劇的なものであった。

家の窓からキョロキョロと外を窺う事が多くなった。
電話が鳴っても、すぐには受話器を取らないで暫し考え込むようになった。
私が外から帰ると、必ず「どこへ行っていたのか?」と尋ねるようになった。

やがて、母の口から「悪魔」という言葉が頻繁に飛び出すようになった。

私の叔母、つまり父の妹が我が家に遊びに来て帰った後に「あれはねぇ、悪魔の組織に指示されて様子を見に来たのよ…」と、眼をギョロギョロさせながら言った。

テーブルに向かって、やはり眼をギョロギョロさせながら一心不乱に何かを書いていると思ったら、便箋にビッシリと、ローマ字で意味不明の文章を書いていた。

終いには、私の研究を司会していた姉妹の事を「あの人は悪魔の組織から送り込まれたスパイだ!」などと罵倒するようになり、それが本人の耳に届いてしまったのか、その姉妹は夫婦揃って他の会衆に移動する羽目になった。

ここまで、父は自分の妻が子供二人を連れて夜な夜な集会に行く事を当然ながら快く思ってはいなかったが、その反面、半端に抽象度が高かったと言うべきか、個人の信教の自由までは否定したくなかった様子で「付かず離れず」の態度を堅持していた。

しかし、妻が洗礼を受けてから日毎に言動が野蛮になり、遂には家事を疎かにするようになった為に「もはやこれまで」と諦念して精神科へ連れて行ったところ…

下された診断は「分裂病」(現在の統合失調症)だった。

後日、父が語ったところによると、医師から「どうして、もっと早く連れてこなかったんですか!!もっと前からおかしかった筈ですよ??」と叱られたそうだ。

悪魔サタンの正体は、実に単純に精神病だったのだ。

【短期連載】エホバの証人を辞めたいと思っている人へ ・2
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